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2010年5月9日 - 2010年5月15日

『桜、夕立ち、若葉の頃』(10)

 1年半前の奈央子は、言葉にこそしなかったが、柊への想いを断ち切るという考えも持っていただろう。そうでなければ距離を置く必要も、必然性もなかったはずだ。
 そして、距離を置いたことが効を奏さなかったのは明らかで、通う学校が違う以外、二人の関係は何も変わっていない。おそらく今後も、ほぼ確実に変わることはないだろう——奈央子への柊の態度は。
 しかし奈央子にとってそれは、絶対に辛い場合の方が多いのではないのだろうか。柊と「彼女」との関係が続いている間中、奈央子はこんな顔をしょっちゅうしていなければいけないのか。
 それは、すごく理不尽だと思った。
 「……奈央子がいいって言うなら、しょうがないけどさ。ねぇ、だったらこの際もっと前向きになろうよ。クラスの子が時々やってる合コンに行くとか」
 今の今、こういう提案を今することには正直ためらいがある。けれど黙っていたくなかったし、他に言いようがない気がした。
 実際、彼女ができた相手を想い続けるのは、純愛とか言えば聞こえはいいけど、やはり前向きとは言いがたいと彩乃は思う。自分を異性として意識してもらえないと思い定めているのなら、いっそ気持ちを切り替える試みをしていく方が、よほど建設的なのではないだろうか。
 そう思って、あえて言ってはみたものの、当人がこの場でうなずくとは考えなかった。だが予想に反して奈央子は「そうだね」と穏やかに応じた。
 「それか、くーちゃんに頼もうかな。何回か、誰か紹介しようかって言われてるし」
 穏やかな中にほんの少しだけ混じる、苦々しさ。そういうふうに前向きになることが必要だとは思っていても、実行できる自信が持てないのかもしれない。長年の気持ちはちょっとやそっとで変えられるものではないと、繰り返し思い知ってきたからだろう。
 口に出すだけでもずいぶんな進歩だとは思いながら、心の底では、彩乃も同じ心配を感じていた。


 「ほんと!? うわぁ……あ、ともかくおめでとう」
 久しぶりの電話で報告を聞いた直後、彩乃は勢い込んでそう言った。近いうちに決まるだろうとは思っていたものの、当人の口から聞くとやはり安心するし、嬉しい。まさか二重におめでたい展開になるとまでは、予想していなかったけど。
 電話の向こうはしばらく沈黙した後、抑えた声で「……うん」とだけ返してきた。あきらかに、泣くのを懸命にこらえている様子だった。

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『桜、夕立ち、若葉の頃』(11)

 親友が感極まってしまう気持ちはとてもよくわかる。彩乃にとっても、奈央子と柊がようやく結婚に踏み切る気になった事実は、二人が付き合い始めた時以上に感慨深く思える出来事だから。
 ずいぶん長くかかったけど、親友が気持ちを変えずにいたことは結果的によかったのだと、今は疑いなく思える。彼女の辛抱強さが実を結んだのだ。
 再び沈黙し、自分を落ち着かせるように深呼吸をしてから、奈央子は今後の予定を教えてくれた。次の休みにお互いの実家へ挨拶に行き、それから籍を入れて同居するつもりだという。
 「で、結婚式はどうするの」
 『うん……わたしと柊はしないつもりでいるんだけどね。今から式場とか探すんじゃ、ちょっと時期が悪いし』
 奈央子がそう言うのは、現在妊娠3ヶ月だからだろう。確かに、普通だと式場の確保その他の準備で半年ぐらいかかるから、式を挙げる頃には臨月かその直前になってしまう。だが。
 「けど、それじゃご両親が納得しないんじゃない? なんたって一人娘なんだし」
 『うん、そうかも……どう言ったらいいと思う?』
 「ごめん、あたしには答えられない」
 『え、なんで』
 「だって見たいと思うもん、奈央子の花嫁姿」
 3度目の沈黙は、今日で一番長いものだった。
 『————やだな、からかわないでよ彩乃』
 「からかってないよ、ほんとに見たいんだってば。絶対ウエディングドレス似合うと思うし、奈央子が着ないなんてもったいなさすぎるよ。ほんとにそう思う」
 『……ありがと。でも、期待には応えられないかもしれないよ?』
 他の話題も織り交ぜつつの通話を切った頃には、1時間近くが経っていた。メールは頻繁にしていたのだが、リアルタイムで話すとやはり違うらしい。
 静かな自室で、あらためて奈央子の報告を思い起こすと、じわじわと胸に迫るものがある。
 二人と出会ってから12年。その間の出来事が、自分自身のことも含めて、いろいろ浮かんでくる。
 騒がしい中学の日々、もどかしかった高校の頃、波瀾万丈だったと言える大学時代、そして今日までの——
 はっと気づくと、頬に涙が流れていた。拭いながら、今度は自然と笑みがこぼれてくる。
 本当に、心の底からよかったと思う。家族を除けばたぶん、二人に幸せになってほしいと一番願っていたのは自分だと言えるぐらいに、ずっと気にかけてきたから。
 その二人が結婚式を挙げないというのは、事情があるのはわかるが、やはり釈然としない。特に本人にも言ったように、奈央子がウエディングドレスを着る機会がないなんてもったいないにも程がある。
 どこか、来月にでも予約を取れる式場や教会がないか調べてみようか、と考えかけて思い出した。柊の姉、公美(くみ)のことを。
 中学と高校の頃に一度ずつ会う機会のあった公美は、奈央子に見せてもらった写真以上に綺麗で、そしていろんな意味で力強い人だった。今は、かねてからの目標通り弁護士になり、日々忙しくしているらしい。
 会った時、彩乃はほとんど言葉を交わさなかったけど、公美が奈央子を可愛がっていることはよくわかった。今でもそうなのだろうから、彩乃以上に、奈央子にドレスを着せたいと思うに違いない。
 ……となればきっと、公美はどうにかして、二人の式の手配をするはずだ。それが可能だと思わせる雰囲気、行動力のオーラが彼女にはあった。彩乃が心配する必要は何もないだろう。
 ただし、家族にはずっと交際を隠していると言っていたから、実家に挨拶に行った時には一悶着あるかもしれない。それを想像すると、さっきとは違う意味での笑いがこみ上げてきた。
 状況的に式に呼ばれない可能性があるのは残念だけど、その分、仲間うちでのお祝いは気合いを入れて計画しておこう。中学高校で文化祭実行委員や生徒会役員をやっていた友達、その何人かとは今も連絡を取り合っているから、彼女たちにも協力してもらって。
 まずは、結婚式の写真を見せてもらうのが楽しみだなと思いながら、彩乃は早くも二人を祝う催しの構想を練り始めていた。


                             —終—

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今後の予定:10.5.10

短編『桜、夕立ち、若葉の頃』完結しました。
読んでくださった皆様、どうもありがとうございました。

今後、2ヶ月ほどオフラインでの活動に集中する予定なので、当ブログの更新はしばらく休ませていただきます。
オフ活動が一段落つく7月上旬を目処に、次の掲載を始めたいと考えていますが……新作のネタがまだまとまっていないので、現時点での計画は以下の2つ。

 (1)『ココロの距離』関連話で、里佳のその後を書いた短編を掲載。
 (2)配布終了した無料本の作品を順次掲載。
   (いずれも現代もの短編で、ファンタジー風3本・
         ライトミステリー風2本のストックあり)

読んでみたい作品、または「こんな作品を書いてほしい」などのご意見がおありでしたら、この記事へのコメントにてお聞かせください。


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