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2010年1月10日 - 2010年1月16日

第5章・6

 「あのお店、見てみたい。いい?」
 気づくとそう口にしていた。今まで、食事やお茶をおごってもらう以外、祐太さんに何かねだったりしたことはなかった。けれどその時のわたしは、浮かれるあまりに大胆になっていて、祐太さんがうなずいた瞬間、腕にしがみついてしまったほどだ。
 店の中は予想以上に混んでいた。出店後の最初のクリスマスシーズンだからかも知れない。映画館以上に、お客のカップル率も高いような気がする。
 その中に祐太さんと二人でいることを再認識し、わたしはますます有頂天になっていた。ショーケースを見るためにしばらく並ぶ羽目になっても、全然気にならなかった。長くかかればかかるほど、恋人同士でいられる。
 他愛ない会話で時間をつぶしているうちに、順番が回ってきた。ショーケースの中では、明るすぎる照明のせいもあって、たくさんのジュエリーがまぶしいほどに光っている。色とりどりの宝石とそれらで作られたアクセサリーは、見ているだけで夢見心地にさせてくれるものだなと思う。
 でもこのへんのは石が大きいから高そうだな、と値札を見たら案の定、最低6桁の世界だった。祐太さんも目を丸くしている。見回して、混雑の中なんとか1メートル半ほど横に移動し、値段が1桁下のコーナーにたどり着く。祐太さんを見ると、ちょっとバツの悪そうな表情をしつつも、いくらかほっとした様子だった。そして、わたしに尋ねた。
 「どうしようか。この中でほしい物ある? 茉莉さん」

 その瞬間、氷水を浴びせられた感覚が、全身に広がった。

 とても気軽な、自然な口調。
 大きい声ではなかったから、どうかすると周りの喧騒にかき消されそうだった。けれどわたしの耳にははっきりと届き、皮肉なほどよく響いたのだ。
 血が一気に足元まで下がった気分で店を出た後、どうしたのかよく思い出せない。
 祐太さん——先生が慌てて追いかけてきたことは覚えている。何も言わずにショーケースの前を離れてしまったし、たぶん、その時は青い顔をしていただろうと思う。
 「どうかした?」と聞いてくる表情は確かに気遣わしげだったけれど、自分がさっき何を言ったかについては、気づいているふうではなかった。
 ……きっと、本当にわかっていないのだ。
 それに間違いないと思った途端、先生の顔を見るのも一緒にいるのも、これ以上は耐えられなくなった。
 「——ちょっと、気分悪くなっちゃって」
 「そうか、人多かったからね。どこかで休む?」
 「ううん、今日はもう帰る」
 「じゃあ送っていくよ、顔色良くないから一人じゃ危な——」
 「大丈夫だから!」
 思わず声を荒らげたわたしを、先生は意外なものに出会ったような目で見た。それで頭が冷えた。
 「ごめんなさい。……ほんとに、一人で大丈夫だから、ここで。それじゃ」
 「あ、うん」
 気をつけて、と続いただろう先生の言葉を、最後まで聞かずに背を向ける。
 とにかく早く遠ざかりたくて、慣れないヒールの高い靴で、できるだけ早足で歩いた。
 周りの、そして今日の出来事の全てが、波が引くように一気にわたしから遠くなっていった。

 最初からわかっていた。
 代わりでいいと自分から言ったし、本当の意味で忘れた時は一瞬もなかったつもりだ。
 それでも、幻想でも錯覚でも、せめて会っている間だけは、違うのだと思っていたかった。だから、懸命に直視しないようにしていた。
 けれど、やっぱり無理なのだ。
 目をそらしても、目をつぶっても、真実は決して消えない。

 電車の窓ガラスに映る顔は、自分でも意外なほど——嫌になるほど、茉莉ちゃんによく似ていた。

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