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2010年1月17日 - 2010年1月23日

第6章・1

 後期試験が近づいてきた1月中旬、携帯に亜紀からのメールが届いた。
 先生とのことを看破されたあの日以来、大学で顔は合わせていたし話も普通にしていたけれど、気まずさやぎこちなさはどうしても付きまとっていた。だから大学の外でのやり取り、たとえばメールなどは、かなり減ってしまっていたのだ。1通も送受信しない日も結構あった。
 亜紀から送ってくるのは3日、いや4日ぶりだろうか。試験期間前に提出するレポートの進み具合はどうか、という内容だった。
 期限まで1週間ちょっとしかないのだけれど、まだ資料探しすらしていない。……年末からこちら、そうする気分の余裕はなかったから。
 携帯の画面を見つめて、気づけば30分近く考え込んでいた。意を決して返信を打つと、さらに15分ほど経ってから、また亜紀から届く。
 『わかった。あたしもまだ全然やってないし。明日の午前中でいける?』
 OKだと再返信して、携帯を閉じる。
 もしレポートできていないなら大学図書館で資料を探そう、と最初に返信したのである。
 そうやって何かを一緒に、というのは実に1月半ぶりだった。あれ以来、大学では普通にふるまうようにしていたけれど、講義の後や休みにどこかへ行こう、といった話はお互い口にしなくなっていた。
 亜紀がそうだったのは、どうせ断られると思ってか、わたしへの反感のためか。両方かも知れない。そしてわたしの理由は言うまでもない。
 だから、久々に約束して会うことに不安はあったものの、断られなかったことに安心する気持ちも大きかった。原因が原因とはいえ、やはり亜紀とこのまま、ぎこちない間柄になってしまうのは避けたかったから。
 ……だからといって、自分から歩み寄る勇気も、情けないけれどこれまで出せずにいた。今やっと、修復するための段取りをつけることができたのだ。
 亜紀には、ちゃんと釈明をしなくちゃいけない。あれきり何も、先生とのことについては言及してこなかったけれど、どういう思いを持っていたとしても、心配もしていたはずだから。
 翌日の空は、わたしの心の中を表すように曇っていた。たまに晴れ間がのぞく程度で、雲の灰色は少し重い。
 会って最初の1時間ほどは所期の目的、資料探しに二人とも集中した。時期が時期だけに、検索して目ぼしいものを見つけても貸出中のパターンが多かったのだ。
 なんとか、引用とまぜこぜで規定枚数を書けるかなと目途がついたあたりで、ひと休みついでに図書館内のカフェに入った。
 土曜の午前中だから、ガラガラではないものの、店内は結構空いている。両隣が空いているテーブルを、お互い相談なしに自然に選んでいた。
 注文して、店員さんが離れていってすぐ、わたしは息を吸い込んで言った。ただし声は小さめで。
 「——ごめんね」
 テーブルに視線を落としていた亜紀が、目を上げてこちらを見る。話の続きを促すように無言で。
 「ちゃんと、正直に言えなくて……先生とのこと。心配してくれたのにごまかすみたいなこと言って」
 目をそらさずに言うと、しばらく見返してから、亜紀は小さく息をついた。
 「それで? 今はどうなの」
 責めたり追及したりする強い調子ではない、あくまでも静かな声。わたしは一度、自分で確認するようにうなずいてから、
 「うん、……もうやめた。会ってない」
 はっきりと口にすると、しばしの無言の後、亜紀も「そう」とうなずいた。
 「踏ん切りついた、ってことかな」
 「そうだね。……そうするしかないって、よくわかったから。今さらだけど」
 本当に、今さらすぎて自分でも呆れるぐらいだ。

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第6章・2

 とっくにわかっていたことをもう一度、これ以上ないほどはっきりした形で突きつけられて、そのことにあんなにショックを受けるなんて。
 ずっと大きな勘違いをしていたのだとあの時まで気づけなかった、その事実が。
 わたしと先生は同じだと思っていた。
 茉莉ちゃんという完璧な存在に憧れながら、身近にいすぎるせいで苦しんでいる、いわば同志だと。
 ……それは、ある意味では正しいけれど、全面的に正解ではなかったのだ。
 わたしと先生では最初から立場が違う。どんなに似た感情を抱えているとしても、同じ位置にいるわけではない。
 いられるはずがなかったのに、勘違いをした。
 そのしっぺ返しは、ある意味で予想通りだったけれど、予想以上に大きなショックでもあった。
 でもそれは相応の罰なのだろう。自分勝手な衝動——茉莉ちゃんに対する妬みと苛立ちに、大事な人を巻き込んだことに対しての。
 だから、わたしは償いをしなければならない。
 あの日曜の翌日、帰ってきた茉莉ちゃんの口からクリスマスには会わないと聞いてすぐ、実行に移した。転勤の話が出て以来数えるほどしか会っていない二人がいまだ結論を出していないこと、というよりも先延ばしにしているだけなのを、とっくに気づいてもいた。少なくとも茉莉ちゃんはそうだった。意外だけれど、クリスマスさえ仕事を口実に会わないでいるなんて、いよいよそうとしか思えない。
 『じゃあ、いつでもいいから近々わたしに付き合ってくれない? 会わせたい人がいるから』
 と言うと、茉莉ちゃんは目を丸くした。それからにっこり笑って『彼氏?』と尋ねた。
 ——本当は何か気づくことがあったのではないかと、その時思った。
 茉莉ちゃんは性善説を体現しているような人だけれど、決して鈍いわけではない。会う回数が限られていても、先生がずっと不自然でなくいられたとは思えないし、そこに気づかずにいたとも思えない。
 そうだとしても、絶対に、口には出しはしないだろう。今。この時でも完璧な、妹思いの姉としての微笑みを浮かべている茉莉ちゃんだから。
 そして、わたしも一生打ち明けるつもりはない。茉莉ちゃんに面と向かって聞かれたとしても。わたしから知っているのかと聞くのは自分が楽になるための手段でしかないし、もし本当に気づいていないのなら、わざわざ悩ませるのも本意ではないから。
 わたしにできることはただひとつ。茉莉ちゃんと先生のこれからを見届けること。
 別れてほしいとは思っていない。だから、ちゃんと二人で話をしてほしかった。わたしとの約束であれば茉莉ちゃんはきっと来るはず。そこに、先生を呼び出せばいい。

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