« 2010年7月25日 - 2010年7月31日 | トップページ | 2010年9月12日 - 2010年9月18日 »

2010年9月5日 - 2010年9月11日

「窓の向こう」(1)

 誰にでも、特別に感じる風景はあると思う。

             ◇

 毎日、飽きるほど眺めている風景なのに、違って見える時がある。わたしの場合は、校舎の1階の、美術室の窓から見える景色。道を挟んだ一番手前は、運動部の部室が集まった部室棟。その向こうは緑色の、3メートル以上はあるフェンス。さらに向こうには、グラウンド。
 いくつかの運動部は、練習前のウォーミングアップで必ず校舎の周りを走っていて、硬式テニス部は必ず5周する。
 その10数分の間に、彼が窓の外を通るわずかな時間だけ、いつもの景色は特別なものに変わる。

 彼とは1年の時、同じクラスだった。中学は一緒じゃなかったし、もし一緒でも、知る機会は限りなく少なかったかも知れない。それぐらいおとなしくて、目立たない男子だと思っていた。
 4月最初の美術の授業、男女1組でお互いの顔を描くという課題があり、出席番号順に組を分けられた結果、わたしは彼と組むことになった。
 自慢じゃないけど、小さい時から絵は苦手だった。特に、写生の類は。どうしても見たように描けないばかりか、バランスがあり得ない状態になってしまう。彼の顔もやっぱりそんなふうにしか描けなくて、すぐに憂鬱になった。
 だから描く気も失せてしまって、ため息をつきながら正面を見た時——わたしを見つめる彼の、真剣な表情にしばらく見入ってしまった。もちろん、真剣なのは絵を描くために集中しているからで、それはわかっていたけど、その度合いが普通じゃなく感じられて、惹きつけられて、ドキドキした。要するにすごく、かっこよく見えたのだ。
 出来上がった絵を見て、ますますびっくりした。わたしにすごくそっくりでありながら、わたし自身よりずっと魅力的に見えたから。先生も驚いていた。
 後で知ったのだけど、彼のお父さんはわりと名の知られた画家で、彼も子供の時から習わされていたらしい。中学の時には何か賞を取ったことがあるとも聞いた。
 そんな彼に、わたしの絵はどんなふうに見えただろう。時間内には結局描ききれなくて、出来具合は言うまでもなかったから、さぞ滑稽だったに違いない。他の人が必ずするみたいに、変な顔をしたり失笑したりの反応は見せず、ただ眉をちょっと上げただけだったけど。
 悔しかった。そしてその何倍も、申し訳ない気分になった。あんないい絵を描いてくれた彼を、まとも以下にしか(しかも途中までしか)描けなかったことが。
 描き直させてほしいと思った。授業ではその日だけの課題だったし、彼に面と向かってそう言ったわけでもなかったけど、絶対にもう一度描き直したかった。その気持ちが、翌日、美術部に入部するという行動になった。
 中学からの友達はわたしの美術嫌いを当然知っているから、よりによって何で、と皆が聞いた。苦手だからこそ急に挑戦したくなったのだと言ったら、首をかしげた子もいたけど、大半は妙に感心したような反応を見せた。その理由もある意味では本当だったから、それなりに真実味を感じてもらえたのかも知れない。
 彼も入部するのかなと考えたけど、仮入部期間もその後も全く姿を見せることはなく——少し経ってから、硬式テニス部に入ったと知った。噂によれば中学でも美術部ではなかったらしい。


| | コメント (0)

« 2010年7月25日 - 2010年7月31日 | トップページ | 2010年9月12日 - 2010年9月18日 »