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2010年9月19日 - 2010年9月25日

「Like a shooting star」(1)

 流れ星を見よう、と約束した。
 夜のデートのいつもの口実。お互いに、会いたい時にはそんなふうに言う。
 最近はもっぱら、屋上で見る。このあたりで一番大きな病院。市街地からは離れているし、消灯時間が過ぎれば建物の中も暗くなるから、星がよく見える。
 面会時間が終わって以降、看護婦さんに見つからないように隠れているのはなかなかにドキドキする。スリルがあって面白い、と言えなくもない。
 そうして、時間を見計らって、こっそり屋上に上がるのだ。
 今夜は私の方が早かったらしい。指定席のベンチに座っていると、ほどなく彼がやって来た。扉が開く音が聞こえると同時に立ち上がって駆け寄る。ゆっくりと歩く彼に寄り添って、ベンチに一緒にたどり着く。
 「寒くない?」
 「だいじょうぶ」
 8月の半ば、そんな会話を誰かが耳にしたなら、何を言っているのかと笑うだろう。
 彼も笑いながら、私の問いに答えた。足が蒸れるから嫌いと普段は冬でも靴下を履かない彼は、今も素足をスリッパに突っ込んでいる。
 昼間のうだるような暑さが嘘だったかのように吹く風は心地よい。けれど彼にとってはやはり、少し寒くはないだろうか。上に薄手のジャケットを羽織ってはいるけど、パジャマの下には特に着込んでいないはずだから。
 「一番多く降るのは夜中だけど、今日は極大日だから、今の時間でもたくさん見えるよ」
 私の心配をよそに、彼は無邪気な表情で空を見上げる。同じように見上げると、ほぼ真上から左にかけてすうっと流れていく光が見えた。
 「あ、あれかな」
 「そうだね、あ、こっちも」
 3つ4つ連続で流れたけど、それからはしばらく、はっきりとした光は見えなかった。
 「ペルセウス座流星群って有名なんだよね。でも流れ星の大きさはそんなに変わらないんだ」
 「去年も言わなかった、それ」
 彼がくすくすと笑う。そうだっけ、と返して私も笑った。
 ひそやかな笑い声が夜の空気に溶けた後、しばしの沈黙がおりる。空を見上げたまま、彼が唐突に尋ねた。
 「ハレー彗星って知ってる?」
 「聞いたことある。76年ごとに地球に近づくんだよね。前に来たのっていつ?」
 「僕らが生まれる前の話。次は2061年らしいから、その時は70歳かな」
 「70歳かあ。立派なおじいちゃんおばあちゃんだね」
 お互いの姿を想像して、また笑う。二人して年老いて、その彗星を一緒に見る姿。
 笑い合いながらも、そんな日が来る可能性が限りなく低いことは、もう知っていた。

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「Like a shooting star」(2)

 3ヶ月前、突然倒れた彼は病院に運ばれ、精密検査の結果、すい臓がんと診断された。
 すぐに手術して一度は退院したけど、経過は期待通りの方向には進まなかった。そして1ヶ月前に再入院した時、お医者さんからはっきりと告知された。
 ——保ってあと、半年程度だろうと。
 「どうかした?」
 「ううん、なんでもない」
 初めてそう聞かされた時のことを思い出すと、今でも、心臓が止まるような感覚に襲われる。
 高校の時に出会って、すぐにお互い好きになった。付き合ってこの夏で2年。同じ大学に行こうと頑張って勉強して、晴れて一緒に合格した。
 彼が大学でいきなり倒れたのは、入学式から1ヶ月半しか経たない頃の出来事だった。あれからだってまだ、3ヶ月しか経っていない。なのに、どうしてこんなに。
 彼は自分では何も言わないし、私に気づかせない努力もしている。それでも、会うたびに少しずつではあるけれど彼が痩せて、体力が落ちていることはわかってしまう。
 さっきだって、息切れをしていた。病室のある最上階から1階分の階段を上がってきただけで。バスケ部で足腰を鍛えていた彼ならありえない疲れ方。
 いずれ、階段を上ること自体できなくなる——自力で歩くことさえも。それは、そんなに遠い日の話じゃない。
 彼の笑顔から目をそらして見上げた空に、ひときわ大きな光がいくつも、続けざまに流れた。きれいすぎて、急に涙があふれそうになる。まぶたを押さえてうつむいたら、肩を抱き寄せられた。
 「我慢しなくていいよ」
 誰より泣きたくて辛いはずなのに、彼はどこまでも優しい声でそう言ってくれる。涙が抑えようもなく流れて、唇を噛んだ。
 神様はよほど意地が悪いに違いない。でなければどうして、彼をこんな目に遭わせたりするものか。肩に回されている腕もその力もぬくもりも、来年の今頃にはどこにも存在しないなんてこと、あるはずない。あっていいはずがない。
 だから神様になんか祈ってやらない。代わりに流れ星に願い続ける。
 企業のスカウトが来るほどにインターハイで活躍して、でも最終的には進学を選んで国立に合格した彼がいなくなったら、人は流れ星のようだったと表現するのだろう——けど誰にも絶対、そんなことは言わせないと私が決めた。
 流れ星はなるものじゃなくて、願うものだから。
 ひとつずつは小さくて一瞬でも、たくさん集まれば大きな輝きに、長い時間になる。
 だから毎晩、流れる星全部に願えば、どんなに可能性が低いことでも叶うかもしれない。この世に100%確実なことなんてないんだと言い聞かせながら。
 彼を失わずにいられるなら何だってする。たとえどんなに衰えて寝たきりになったとしても、そばにい続ける。だからどうか。
 星1個ごとに1日分でいいから、命を延ばしてください。少しでも長く隣にいられるように。手をつないで寄り添っていられるように。
 ……2061年に来る彗星を、二人で見られるように。


                             —終—

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「かえりみち」(1)

 両手に袋と荷物を抱えて、校門を出た。振り返ると、見慣れた中学校の校舎がいつもと変わらない様子でそこにある。5秒だけ見つめて、踵を返して歩き出す。
 左へ行くと、歩き慣れた道。角の交差点で信号を渡ると全校生徒行きつけのコンビニ。道を挟んだ向かいには牛丼のチェーン店。土日に部活で来た時には、食べている奴らが知り合いにもけっこういた。
 そうやって、ひとつひとつを眺めながら歩いている自分に気づいて苦笑する。感傷なんて似合わないのに。それとも、もう二度と歩くこともないだろうと思うと、誰でもこんなふうに少し違う気分になるのだろうか。2年間ほぼ毎日、歩き続けた道。
 生まれて14年と半年、暮らした町。明日、家族全員で別れを告げる。
 「今、帰り?」
 柄にもなく思いにふけりながら歩いているところに後ろから声をかけられて、少なからずぎょっとする。振り返って相手を確認し、息をついた。
 「……びっくりした、なんだよ」
 ごめんごめん、と笑いながら返すのは、小学校で何度か同じクラスになったことがある女子の一人。3年か4年までは家も近くて、同じ登校班で学校に通っていた。途中で彼女は校区内の別の町に越していったが、それ以前もその後も、自分に対して気さくに話しかけてくる。はっきり言えば珍しい相手だ。
 男子の間でさえ愛想がないとかとっつきにくいとか評されて、お世辞にも友人が多いとは言えないのだから、女子の評価がどうなのかは言うまでもない。
 だから彼女のような女子は文字通り稀で、自分が言うのもなんだが変わっていると思う。
 「荷物、すごいね。途中まで少し持とうか」
 「いや別に、見た目ほど重いわけじゃないし」
 「そう? 書道カバンとか靴入れとか、けっこう重そうだよ。こっち持つね」
 と半ば強引に彼女は、右手に持った荷物のいくつかを奪い取る。「やっぱ重量あるよ、わりと」と言う彼女を呆気に取られて見ているうちに、断りの言葉も、奪い返すタイミングも失ってしまった。
 「やっぱ男子だねえ、そんなに力あるようには見えないけど」
 「……そっちだって力弱くないだろ、横綱になったんだし」
 思い出して口にすると、彼女は赤くなって焦ったように首と手を振る。
 「いつの話よ、小学校の相撲大会なんてずいぶん前じゃない。そりゃあの頃は一番背も高かったし他の子より力もあったけど、今は全然」
 確かに今の彼女は自分より背は低いし、他の多くの女子と体型の差もなく見える。3年ぐらい前は上の学年の女子よりも長身で体格も良くて、男女混合の校内相撲大会で優勝してしまったほどだったが。
 「そんなの覚えてたんだ、やだなあ」
 本当に恥ずかしそうに彼女は目をそらし、顔を赤くし、そわそわしている。普段あまり、良い意味で女オンナしていない彼女がそんな反応を示すとは、正直意外だった。
 「そりゃまあ、インパクト強かったから。クラスで一番でかい男も倒したもんな」
 「もういいよ、言わないでってば」
 ぶんぶんと首を振る彼女がふいに動きを止め、口を押さえた。理由はわからないがなんだか辛そうに見えた。

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