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2010年9月26日 - 2010年10月2日

「かえりみち」(2)

 「なに、気分悪いの」
 「——ううん、ちょっと、食べすぎただけ」
 「何を?」
 「…………牛丼」
 「牛丼、てあそこの店で?」
 そういえば彼女はどこから追ってきていたのだろう、と先ほどちらりと思ったことをあらためて考える。しかも制服姿だ。
 土曜日で、授業はとっくに終わっていて、担任との話が長引いたため校門を出たのは2時近かった。話の途中で「急に1人休んだから余った」という弁当を食べさせてもらったから、空腹ではない。荷物が多いからともかくさっさと帰ろうと思い、歩いていたのである。いくぶん感傷らしき気分にひたりつつ。
 「うん、2杯食べたから……2杯目はごはん少な目にしてもらったんだけど」
 「そんなに牛丼好きなわけ?」
 「………………」
 彼女はなぜか答えない。首をかしげた時、あることに気づいてさらに疑問が増えた。
 「そういや家、今はこっちじゃなかったんじゃね?」
 話しているうちにかなり歩いてきていて、もう1本道を越えれば自宅がある町になる。彼女が今住んでいる町に行くには、もっと手前の交差点を直進ではなく、右に曲がる必要があるはずだ。
 問いを投げかけると、彼女はますます顔をうつむけて、足も止めてしまった。
 どうしたというのか。呼びかけると、彼女はぱっと顔を上げた。何事かを決意した、というような目をして。そして言った。
 「メルアド教えてくれる?」
 「え?」
 「明日引っ越すんでしょ。中3の手前で転校なんて大変だよね、だから、メール送るから、励ましの。愚痴とか不安なこととかあったら何でも聞くから、いつでも送ってよ」
 やけに早口で、ともかく最後まで言うのだという勢いをつけたふうに言い切った彼女の顔は、また赤くなりつつある。
 訳がわからないながらも、彼女が転校する自分に気を遣おうとしてくれているらしいとは思ったので、「いいってそんなこと、わざわざ」と何とか返した。すると、彼女は急に不安そうな表情をし、おそるおそる、とても小さな声で「……迷惑?」と尋ねてきた。
 ぽかんとした。次いで、唖然とする。
 ——それって、つまり?
 まさかと思ったが、彼女の泣きそうな、それでいてものすごく真剣な目を見ていたら、自分の想像がただの想像とは思えなくなってきて、次第に焦りが強くなる。
 もしかして、いやもしかしなくても、それを言うために自分が学校から出てくるのを待っていたのか? 牛丼屋の前は必ず通るから食べながら見張って、時間がかかったから無理して2杯目まで食べて。
 ついさっきまで予想もしなかった事態に、ただただ焦ってしまう。どうしていいかわからない。とにかく何か返さなければと思い至ったのは、沈黙してずいぶん経ってからだった。
 「え、あ、その、……別に、えっと、迷惑とかじゃない。全然。嬉しい」
 口走ってから『ええ?』と自分で思う。彼女に負けず劣らず顔が赤くなってきているような気がした。
 ……だけど確かに、迷惑じゃない。彼女の言葉を、向けられている気持ちを、本心から嬉しいと思う。
 「ほんと?」
 なおも不安そうな彼女に、かつてない緊張を覚えながらも、はっきりとうなずく。途端に彼女の顔が輝いた。
 「よかった、嫌だって言われたらどうしようかと思った……ありがとう」
 涙を浮かべながら、顔いっぱいに安心と喜びを表して笑う。そんな彼女が可愛いと、その時初めて思った。

                             —終—

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