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2010年2月28日 - 2010年3月6日

『リスタート』(3)

 就職して半年ほど過ぎた頃、いくらか資金ができたのを機に、ワンルームから今の2DKに引っ越しをした。それを境に、奈央子がこちらの部屋で過ごす時間も長くなった。以前は泊まるとしても週末のみだったが、ここ1年ほどは、平日でも遅くなった時にはそうするようになっていた。もっともその場合、着替えるためにと始発が出る頃には帰っていくのだが。
 とはいえ、実質的には半ば以上、一緒に暮らしているようなものである。年齢その他の状況を考えても、結婚を意識しないと言ったら嘘だった。
 正直、引っ越す先に小さいながらも2DKを選ぶ際に、頭をよぎったことでもあった。けれどまだ就職1年目だしと、踏み込んで考えることは先延ばしにした。……それからもうすぐ2年。
 夕食をとりながら必要以上に視線を向ける柊に、奈央子は当然ながら気づいている様子だった。
 「ね、やっぱり言いたいことあるんじゃない?」
 一度はそう尋ねもしたが、柊が首を振るのを見て「……まあ、本当に何もないならいいけど」とつぶやくように言った後は、何も聞かなかった。
 明日は土曜日で、お互いに仕事も休みである。夕食の片付けを終えた後も奈央子は帰らず、そのまま当たり前のように泊まる流れになった。
 一緒にベッドに入ってからも、言うべきことを考え続けてはいたのだが、口に出す踏ん切りがつかないうちに奈央子は眠ってしまった。寄り添っている彼女の重みと、パジャマ越しに伝わる体温に心地よさを感じながら、そんな自分に対していくらかの自己嫌悪も覚えずにはいられない。
 奈央子と一緒にいるのは、とても気楽で落ち着くことだった。文字通り子供の頃から馴染んだ相手であると同時に、彼女が柊の好みや癖をよく知っていて、可能な限り合わせてくれるからだ。
 今の関係になってあらためて思ったのは、奈央子が非常によくできた、理想的と言っていいほどの女の子——女性だということだ。もともと美人ではあるが、24歳の今では大人びた雰囲気が加わり、学生時代よりもはるかに綺麗になった。年齢以上の落ち着きを感じさせるのは、教師という職業が関係しているかも知れない。教師としての彼女も優秀らしく、2年目の去年にはもう担任を任されていた。今年度も(クラスは別だが)引き続き担任になったとのことで、日々張りきっている様子である。
 そんな奈央子が恋人でいること、言いかえれば自分を好きでいるということが、時折ひどく奇妙に思える。彼女がかなり前から柊を想ってくれていたのは聞いているが、それほどの何かが自分にあるとはいまだに考えられなかった。落ちこぼれではなかったけど、奈央子に比べれば何もかも平凡な人間だと柊自身は思っている。
 しかし奈央子の態度は、付き合い始めた頃から今までの間、まるで変わりがない。都合がつく日は必ず部屋に来て食事を作ってくれている。その他の家事も彼女が進んでやってくれるために任せきりで、それが自然になってしまっているが、奈央子が決して暇なわけではないのは、持ち帰る仕事の量を見ればわかる。
 なぜそこまでしてくれるのか——つまり、どうしてそんなにも自分を好きでいてくれるのか。5年半も付き合っていて今さら何を、と他人には言われそうだが、しかし本気でそう考える時がある。

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