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2020年6月 6日 (土)

第116回2代目フリーワンライ企画/2020.6.6

使用お題:造作もない
タイトル『魔女アリスネイルの特訓』

 「娘の熱が下がらないんです、どうか薬を」
 「好きな人を振り向かせたいから、惚れ薬をお願い」
 「夫の暴力から逃れたいんです。心変わりの薬ありますか」
 魔女、アリスネイルの館には、様々な理由で人々が訪ねてくる。決して開放的には見えない、薄暗い古びた館を訪れる人が絶えないのは、魔女が薬作りの名人だから。各々の切実な願いをもって発される依頼に、魔女の答えはいつも同じ。
 「造作もないね。ほら薬」
 テーブルにことりと置かれる小さな瓶。依頼人たちはそれを、何よりも大事そうに抱きしめて家路につく。
 だが、どんな依頼にでも即座に首肯するわけではない。憎い奴を殺したい、戦争に勝つために強くなりたい、そういった願いに対しては相手を懇々と諭し、悩みを和らげる薬を入れた茶を供して、帰らせる。数百年を生きた存在だからこそ、その言葉には真実味があり、曇った心にも届くのだろう。

 さてその日、館にやって来たのは、一人の若い娘。
 部屋の扉をきしませながら入ってきた彼女の表情は、冴えなかった。そして容貌自体も。
 「おやおや。どうしたんだい」
 「…………」
 「黙ってちゃわからないよ。頼みごとがあるんだろう、言ってごらん」
 娘はうつむいたまま、すうっと息を吸い込んだ。そして顔を上げる。
 「……ふられたんです」
 ふんふん、と魔女は頷く。何百回、何千回と聞いてきた、苦しみの吐露。
 惚れ薬が欲しいのかい、との問いに反し、娘は首を振った。
 「あんな人、もうどうでもいいです。それよりも」
 小さな緑の目から、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。
 「ふられたのは私がきれいじゃないからって、馬鹿にした人たちが許せない。あの人たちを見返したい」
 そう言って、こちらをまっすぐに見つめる目には、魔女でも長らく見たことのないような強い光があった。背筋を伸ばした立ち姿、引き結んだ唇。いずれにも揺るぎない決意が感じられる。
 魔女の口を動かしたのは、悪戯心か、同情心か、あるいは。
 「なら、おまえさん。私の弟子になってみるかい?」

 「……アリスネイルさん」
 「師匠だよ」
 「師匠、どうして、魔女の修行、に体力作りがあるんですか」
 「何言ってんだ。魔女は長生きなんだよ、健康でないとまともに商売ができないじゃないか」
 「じゃあこの、顔面体操も?」
 「もちろんだよ。あんたの顔は見栄えがするとは言えないが、表情はいくらでも作れる。笑った顔が魅力的なら、元の容貌の何倍も、何十倍も良く見えるもんだ」
 商売は印象が大事だからね、と魔女の師匠は笑う。数百年の年を経てしわを刻んだ顔に、昔は讃えられたであろう美貌の片鱗が、蘇ったように見えた。

 そうして、さらに百年近くが経った頃。
 かつての魔女は病床で、残り少ない時を過ごしていた。
 「師匠、薬湯です」
 「おやおや、もうそんな時間かい」
 弟子が運んできた器を、受け取る力はもはや無い。上半身を支えてもらい、器の縁を口に当ててもらってようやく、薬湯を少しずつ啜る。
 「客は、帰ったのかい」
 「はい。今日はそれほど、訪ねてくる人もいませんでしたし」
 ふんふん、と頷く仕草は、起き上がれなくなった今でも変わりない。弟子はそれを、嬉しそうに、かつ少し悲しそうに見つめた。
 「そんな顔をすることはないよ。こういう時が来るのは分かっていたじゃないか、私もあんたも」
 にこりと笑おう──とする顔は、引きつっている。もう、筋肉があまり動かないのだ。布団の上に置かれた手を、たまらずに弟子は握った。
 「師匠、……私は、ちゃんと魔女になれたでしょうか」
 決して美人とは言えないが、生き生きとした大きな緑の目と表情、すらりとした長身の、見た目三十路ほどの女性。かつての冴えない少女の面影は見えないが、この、まっすぐに見つめてくる目の光の強さは、同じだ。
 「当たり前じゃないか。あんたは私の、自慢の弟子だよ」
 薬作りの名人と言われた魔女アリスネイルは、弟子の手を残った力で精一杯握り返し、永遠の眠りについた。


注釈:Twitter上の企画「2代目フリーワンライ企画」第116回への参加作品です。
毎週(でない時もある?)土曜日の夜10時に、運営アカウントから5つほど出されるお題の中から1つ以上選んで、10時半~11時半の1時間で書き上げるという企画。私は今回が3回目の参加。
私にはめずらしく、架空世界ファンタジー的に書いてみました。魔女キャラを出すのは、実は今回が初めて。書いていてなかなか楽しかったです。機会があれば、この魔女の過去にもちょっと触れてみたいなあ、とか思っております。

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