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2020年8月

2020年8月29日 (土)

第128回2代目フリーワンライ企画/2020.8.29

お題:自称〇〇(職業等入れてください)
   ゲームセンター
タイトル『初デート(自称)の一幕』

 「……うーん、取れない」
 彼女が悔しそうにつぶやく。昼間でも賑わう駅前のゲームセンター。クレーンゲームで、ぬいぐるみを狙っているのだ。子供向けアニメのキャラクター。そんな物が好きだとは、真面目な彼女にしては意外な気がする。
 「もう1回、あ、100円足りないや」
 「俺がやろうか、槇原」
 あまりにも残念そうな顔をする彼女に、反射的に申し出ていた。
 「え、いいの? やったことないんじゃ」
 「ん、試してみる」
 投入口に300円を入れ、この上なく真剣に、ボタンを操作する。真っすぐ、次は横方向。目測に従って止めると、下がっていったクレーンが絶妙なバランスで、目当てのぬいぐるみを吊り上げた。彼女を振り返ると、目と口をОの形にして、こちらとゲームを交互に見ている。
 「……すごい、名木沢くん。上手だね」
 「まぐれだよ」
 と言いつつも、内心はかなり得意になっていた。取れれば彼女が喜んでくれると思えばこそ。取出口から取ったぬいぐるみを渡すと、実際、彼女は非常に喜んだ。
 「ありがとう」
 ものすごく嬉しそうな笑顔。この表情が見られるなら何度でも、何でも頑張ってやる、そう思った。
 ──自称、彼女との初デートでの一幕。


注釈:Twitter上の企画「2代目フリーワンライ企画」第128回への参加作品です。
毎週土曜日の夜10時に、企画運営アカウントから5つ出されるお題の中から1つ以上選んで、10時半~11時半の1時間で書き上げるという企画。今回で10回目の参加になります。
今回は拙作『anniversaire』シリーズ(エブリスタ・pixiv・カクヨムに掲載)のカップルを登場させました。この話の時期はまだ、単なる友達の間柄。彼が、彼女への想いに気づいた当日という設定になっております。よろしければ、同日のエピソードが入っているシリーズ2作目『memorabilia』をご一読ください(※R-18描写のある作品です)

2020年8月22日 (土)

第127回2代目フリーワンライ企画/2020.8.22

お題:刺激臭
   目の錯覚だ
   未来からやってきた
タイトル『未来からの仲介者』

 「もおおお、知らないっ! 今日で終わりよ!!」
 「おお、上等だ。こっちこそ願い下げだよっ」
 「じゃあね、さよならっ」
 言い捨てて、ひとりで教室を出て昇降口へと向かう。そんな私を、いつものように親友が追いかけてきた。
 「ちょっとちょっと彩萌(あやめ)、いいの?」
 「いいのもう、あんな奴こっちからお断りなんだから」
 心配そうな声を、やっぱりいつものように、私は一蹴した。何かと言えば喧嘩の絶えない私たちの間を、小学校からの付き合いのよしみで取り持ってくれるのはこの親友、史美(ふみ)ちゃんだから心配もわかるし有難いのだけど。
 今回ばかりは許しがたい。
 「だって史美ちゃんも聞いたでしょ。告白してきた女子に、ぐらついたって言うんだよ。それも堂々と」
 「まあ、彩萌が腹立つのはわかるけどさ。なんたって相手は学校一の美人、鷺沢さんだもんね。でもあれだけ綺麗な人だったら、男子はぐらついても当たり前じゃない?」
 「なに、史美ちゃんまであいつの味方するの」
 「そうじゃなくてさ、宮坂くんの気持ちもわからなくはないってことよ。彩萌だって鷺沢さんのこと、素敵な先輩だって言ってたじゃないの」
 「それとこれとは別よ。私がありながら、しかも私の目の前で、堂々と言うってどうなの。そんな無神経な奴とはもう付き合えない。伝えといて」
 「彩萌ってば──先生に見つかったらまずいって」
 史美ちゃんの制止も聞かず、私は昇降口から飛び出した。終礼がこれからなのはわかっていたけど今さら引き返せないし、引き返したくなかった。
 家への道を進みながらも、怒りはおさまらない。……同時に、同じくらいの強さで湧いてくるのは、みじめさだ。
 生まれた時からのご近所さんで、赤ちゃんの頃からの遊び友達。そして、中学に入ってから気持ちにお互い気づいて、付き合うようになった。そんな私より、高校で知り合ったばかりの人に、気持ちが傾きそうになるなんて。いくら綺麗だからって。
 じわじわと、目に涙がたまってくる。でも泣きたくない。泣くのは負けを認めたみたいだから。
 涙がこぼれないように手の甲で目元をこすって、目を開けた時、視線の先に人影を見たような気がした。けれど見回しても誰もいないから、錯覚かと思った。
 だけどそうじゃなかった。
 どこに隠れていたのか、唐突に、黒いコートとフードを被った人物が行く手をふさぐ。驚きのあまり叫ぼうとした口は、後ろから伸びてきた手にふさがれた。
 しゅっ、と小さな音の直後に、刺激臭。私の意識は一気に闇の底へ落ちた。

 「ねえ、本当に大丈夫なの」
 「実験済みだから平気だって。そろそろ目を覚ますよ」
 聞こえてきたのはそんな会話。言葉通り、私は急激に覚醒して、目を開ける。
 「ほらね」
 「……思ったより時間かかった感じだけど、まあいいわ」
 腰に手を当てて胸をそらす少年と向かい合い、こちらの様子をうかがいながら、女の子がしぶしぶといった表情で、そう言う。二人とも、私とたいして年は変わらないように見える。少年はもしかしたら私より年下かも。
 全然状況がわからないので、とりあえず尋ねることにした。
 「ねえ、ここどこ。それとあんたたち、誰」
 「ここは近所の空き家。ちょっとの時間借りてるだけ。で、僕らは未来から来た。こっちが君の娘で、僕はその弟。息子だね」
 「……………………は?」
 何を言ってるんだろう。
 「ためたねえ、今の『は?』」
 「そりゃそう言うでしょ。この時代、時間移動は誰も成功してないんだから」
 ──時間移動? タイムスリップ、とかいうやつ? そんなまさか。何のファンタジーだか。
 「まあ詳しい説明は抜きにして、わたしたちが未来からやってきたのは本当よ、母さん」
 「かあさん?」
 「その呼び方まずくない? 名前で言った方が」
 「めんどくさいじゃない。この人は母さんに違いないんだし」
 「それにしたって、今は高校生なんだしさ」
 「わかった、あんた、あいつの生き別れの妹かなんかでしょ」
 「「…………はい?」」
 私が女の子を見て口をはさむと、二人は唱和して、同時に首を傾げた。よく似た仕草。
 「だってあんた、あいつに似てるもの。そんな似てる子っていったら、兄妹くらいしか考えられない」
 「落ち着いてよ母さん。今までにそんな話、聞いたことある?」
 「…………ないけど」
 そうでしょ、と女の子がうなずく。だけどこの子があいつに似ていることを説明するには、生き別れでもなんでも、妹だか姉だかしか言いようがないと思ったのだ。娘、なんて荒唐無稽な理由ではなく。
 「とにかく、わたしたちは大事な用事があって来たの。母さん今、父さんと喧嘩してるでしょ」
 「父さん?」
 「宮坂幸路(こうじ)」
 あいつの名前を、少年の方が、言い慣れているようにさらりと口にする。
 「早く仲直りしてよ。でないと、本当に別れることになっちゃう」
 「告白してきた美人さんと付き合っちゃうんだよ。ヤバいでしょ」
 「──なんであんたたちがそんなこと」
 「聞いたもの、父さんからも母さんからも」
 「あの時はほんとにヤバかったって、今でも言う時あるもんね」
 二人の話を聞いているうちに、忘れていた怒りがまたふつふつと復活してきた。
 「……別にいいもの、別れたって。誰とでも付き合えばいいわよ」
 「「ちょっとちょっと」」
 また二人が唱和して、こちらに迫ってくる。この上なく真剣な顔で。
 「それじゃ困るんだってば。だって僕らが生まれなくなっちゃう」
 「そうよ母さん。自分の娘と息子、殺す気?」
 物騒な単語に一瞬引いたけど、なんとか言い返した。
 「こ、殺すって、どっちにしてもまだ生まれてないんじゃないの」
 「だから、これから生まれるの。10年後と13年後に。そんで『高校の時の一番ヤバかった話』を聞いて、念押しに来たの。絶対別れないでって」
 少年が近づけてくる顔を見ながら、なんか鏡を見ているみたいだ、とふと思った。……ああそうか、文字通り、毎日鏡で見る自分と似ているのだ。
 「……わかんない」
 「母さん!」
 「だいたいなんで、あんな奴好きになったんだろ。頭いいわけでもないし運動できるわけでもないし。ちょっとばかり顔が良くて、誰にでも親切で、友達を大事にするだけの奴」
 「そういうところを好きになったって、母さん言ってたよ」
 少年の言葉に、ぐっと詰まる。……その通りだから。
 誰にでも優しくて、ちょっと親しくなっただけでも大事に接する。幸路はそういう奴。その優しさを、一番たくさん、一番近くで向けられたい、といつの間にか思うようになっていた。
 私が黙っている様を、二人はじろじろと見て、うんうんとうなずき合った。
 「ちゃんと思い出したみたいだね、好きな理由」
 「これなら大丈夫かな」
 「じゃあダメ押しで、もう一手打っておく?」
 少年の提案に女の子が「そうね」と同意する。何のことかと思っていると。
 「ごめんね母さん、もう一回」
 直後、また刺激臭がした。

 目を覚ますとベッドに寝ていた。のぞきこんでいる顔は、さんざん見なれたもの。
 「……幸路」
 「大丈夫か、彩萌」
 確認にうなずくと、はーっと幸路は息を吐いた。
 「うちの前に倒れてたんだよ、おまえ。おまえん家行ったけど誰も出ないから、とにかくこの部屋運んで」
 言われて見回すと、ここは幸路の部屋だ。ということは今寝ているのは幸路のベッド。反射的に頬に血がのぼってくる。
 「……ど、どのくらい寝てたの私。ていうか今何時」
 夜8時、と言われて仰天した。学校を飛び出して5時間近く経っている。いくら夏でももう外は真っ暗だろう。
 「ヤバい、母さんか父さんがもう帰ってるかも。帰るね」
 「その前に、話」
 と言って、ベッドから転げるように出た私の腕を、幸路がつかんだ。
 「話?」
 「……今日はごめん。俺、調子に乗ってた」
 「え」
 ごめん、なんて言葉、こいつの口から聞くのは子供の頃以来だ。
 「鷺沢さんが美人だからって浮かれてた。告白されて嬉しいとは思ったけど、付き合いたいって思ったわけじゃなかったのに──だって俺が好きなのは、おまえだから」
 「……幸路」
 「本当にごめん。反省してる。なんでもするから、許してくれるか」
 「──ほんとになんでもするの?」
 「ああ」
 「じゃあ、キスして」
 幸路は目を見開き、次いで、すごく真剣な顔になって「わかった」とうなずいた。
 顔が近づいて、唇が重ねられる。優しく。
 「……これでいい?」
 「もうひとつ」
 頬を赤くしたまま「え」とつぶやく幸路に、思い切り抱きつく。
 一拍遅れて、長い腕が、私の背中に回った。


注釈:Twitter上の企画「2代目フリーワンライ企画」第127回への参加作品です。
毎週土曜日の夜10時に、運営アカウントから5つほど出されるお題の中から1つ以上選んで、10時半~11時半の1時間で書き上げるという企画。今回が9回目の参加。お題、全部を使うつもりで考えたものの、入れきれず……3つ使用にとどまりました。
今回も幼なじみもの、かつ、ちょっとファンタジー(SF?)風味。よろしければご意見ご感想、お聞かせくださいませ。

2020年8月15日 (土)

第126回2代目フリーワンライ企画/2020.8.15

お題:稚気
   ただいま
   こっちに集中して
   歯車が狂う
   あなたに食べて欲しい
タイトル『幼い妻の本心は』

 自宅の扉を開けると、いつもと変わらない妻の笑顔が出迎える。
 「おかえりなさい」
 「ん」
 鞄を受け取り、ごはんとお風呂どっちを先にしますか、というお決まりの質問。
 「暑かったから風呂で」
 「わかりました。ごはん並べておきますね」
 にこりと笑う顔にはまだ、人妻と呼ぶには幼い、稚気が感じられた。それも当然で、妻の千咲は10歳も年下、まだ22歳である。子供の頃、仲の良かった親同士が婚約を決めたという、今時あり得ないと言われそうな理由で結婚した。千咲が短大を卒業してすぐ。
 そういうわけで、10歳の時から「婚約者」がいた身であるが、決して唯々諾々と従っていたわけではない。早い話、高校から社会人になりたての時期にかけては、何人もの「彼女」がいた。それなりの経験もしてきた。
 だが千咲が高校に入った頃から、しきりに両親から「身を慎め」と言われるようになった。お互いにもう結婚できる年なのだからと。なんだって結婚相手を親が決めた通りにしなきゃならないんだ、と昔から引きずっていた思いはまだ残っていたものの、その時付き合っていた相手とはあまりうまくいっていなかった事情もあり、すんなり別れた。
 昔から可愛らしかった千咲が、なかなかの美少女に育っていたことも、理由のひとつと言えばそうだった。それこそ歩き始めた頃から一心に慕ってくれていて、「大きくなったらおにいちゃんのお嫁さんになるの」が口癖だった少女。正直言えば、その一途さがうっとうしいと思ったこともなくはないが、基本的には悪い気はしなかった。だから、結婚した。
 入籍して、1年と少し。花嫁修業は相当にしてきたようで、千咲の主婦ぶりに手抜かりはない。掃除や洗濯は完璧だし、もちろん料理も旨い。こちらの話は何でも機嫌よく聞くし、受け答えはきちんとするが余計な口は挟まなかった。そして、日々の愚痴は何ひとつ言わない。完璧な主婦であり、妻であると思っている。
 ──その歯車が、狂い始めたのはどうしてだったのか。

 「どうしたの?」
 「……ああ、いや。何でも」
 ぼんやりしていたところに声をかけられ、慌ててそう返す。
 ここは自宅ではない──会社の、後輩にあたる女の家だ。
 きっかけはよくある展開だった。部署の飲み会で、異動してきた彼女を歓待していたら、当人が飲みすぎてしまった。気づいたら店には自分と彼女しか残っていなくて、送っていかざるを得ず、苦労して聞き出した住所までタクシーで向かい、家に到着した。
 その途端、酔いつぶれていたはずの彼女が、抱きついてきたのだ。このまま帰らないで、と言いながら。
 自分もけっこう酔っていたのは確かだった。そして、妻とは違う、グラマーな体形の女に迫られて、揺れ動いたのも間違いない。そのまま、結婚して初めての朝帰りをした。心配して待っていた妻には「先輩に徹夜で付き合わされた」と言い訳して。
 以来、4ヵ月経っても、関係が続いている。
 「うそ、奥さんのこと考えてたんでしょ」
 と言って彼女、亜夜子は、むくれたように頬をふくらませる。亜夜子は26歳、年相応の大人びた見た目とは裏腹に、わりあい嫉妬深い。言葉の端々から、独占欲の強さもうかがえる。それを、それほど嫌には感じないのは、やはり「妻とは違う」と思うせいなのか。千咲とは違う方向性で亜夜子も美人だし、豊満な体は男にとって魅力的である。おそらく、経験も多いのだろう。こちらが、妻帯者だと知った上で迫ってきたぐらいだから(後日本人がそう話していた)
 「今は、こっちに集中して」
 いろいろ、わかっていながらも、関係を断つことができないでいる。

 亜夜子との関係が半年に及んだ頃、千咲が言った。
 「今日は実家に行ってきます」
 「え、何しに?」
 「ちょっと、母に相談したいことがあって。夜には帰りますから」
 珍しいことだと思いつつも、否やはなかったので「わかった」とうなずいた。結婚して以来、千咲が一人で実家に帰ったことなどなかった。何の相談なのだろう。
 今日は日曜で、当然ながら仕事は休みである。思いがけず一人になった時間をどうやって過ごそうかと考え、しばらく読んでいなかった本でも読むか、と思いついた。
 本棚を探したが見つからなかったので、あまり開けることのないクローゼットを捜索してみる。──と。
 やたら大きな封筒が、荷物の間に挟み込まれていた。引き出してみると、〇〇調査所、の大きな文字。中身を見て、血の気が引いた。
 ホチキス止めされた文書を読むまでもなく、写真だけで、自分と亜夜子の関係を調査したものだとわかった。依頼したのが誰か、考えるまでもない。
 文書の日付を見ると、報告は約1か月前のこと。……1ヵ月、いやそれより前から気づいていながら、千咲は何も言わないのか。同じ笑顔で送り出し出迎え、普段と変わらず家事もこなして。

 そもそも、千咲を少し息苦しい存在に感じたのは、あまりにも完璧すぎるからだった。こちらの愚痴は洩らさず聞いて励ましてくれる反面、千咲自身の愚痴はひとつとして口にしない。ただただ毎日、完璧な妻として主婦として務めてきた千咲。
 贅沢なことだが、その様を、よくできた人形のように感じてしまっていたのだ。
 だが千咲は、人形などではなかった。自分の様子を怪しみ、関わり合ったことなどないであろう事務所に調査を依頼し、事実を知った。……何かしら、思うことがないはずはなかろうに、1ヵ月も何も言わずに黙っている。いったいどんな思いで。
 LINEでメッセージを送信すると、すぐに返信が来た。今から会えると。相手は、亜夜子だ。

 思った以上に話に時間がかかり、遅くなった。とっくに夜になっている。
 自宅に戻ると、千咲はもう帰っていた。
 「おかえりなさい」
 「……ただいま」
 「ごはん、あなたに食べてほしくて、好きなものいっぱい作ったんです。それとも先に、お風呂に入りますか」
 「その前に、話があるから。そこ座って」
 リビングのソファに千咲を座らせ、隣に腰を下ろす。
 「なんですか?」
 無邪気な様子で尋ねる千咲に、きっぱりと告げた。
 「亜夜子とは、別れたから」
 「──、…………」
 「今まですまなかった。悪いのは全部俺だ。……都合良すぎるけど、やり直したい。千咲がいいって言ってくれるなら」
 千咲は答えなかった。涙でいっぱいになった目から、一粒がこぼれ落ちる。
 「…………った」
 「え?」
 「どうしようかと、思った……離婚してくれって言われたら。だって、子供がお父さんのいない子になっちゃうから」
 「────え」
 「だから、お母さんに相談したの。そしたら、とにかくちゃんと旦那さんと話をしなさいって。『もしシングルマザーになりそうなら、お母さん全面的に協力するから。安心して戦ってきなさい』って言われた」
 「……ほんとなのか、その、子供って」
 「うん、4ヵ月」
 そこでようやく、結婚してからずっと丁寧語だった千咲の口調が、昔に戻っていることに気づく。少女だった頃、妹のようだった頃の、気安い千咲に。
 座ったまま、妻を抱きしめた。
 「ごめんな、本当に」
 腕の中で、千咲はしばらく、ぐすぐすと泣いた。震える細い背中をさすり続ける。
 「……おかえりなさい」
 今日2度目のその言葉は、心底からの安心に満ちているように聞こえた。


注釈:Twitter上の企画「2代目フリーワンライ企画」第126回への参加作品です。
毎週土曜日の夜10時に、運営アカウントから5つほど出されるお題の中から1つ以上選んで、10時半~11時半の1時間で書き上げるという企画。今回が8回目の参加。今回もなんとか、お題全部を使いました。
普段は書かない方向性で書いてみましたが、いかがでしたでしょうか(不安)……よろしければご意見ご感想、お聞かせくださいませ。

2020年8月 1日 (土)

第124回2代目フリーワンライ企画/2020.8.1

使用お題:全部
   物欲しげな顔
   使い道がない
   忘れたころにやってくる
   破裂音
   生まれてこの方
タイトル『不意打ちの出来事』

 生まれてこの方、奴を男として意識したことはない。
 ……そのはず、だったのだけど。

 はああ、と今日何度目だかわからないため息をついた。隣の席の幼なじみが嫌そうな顔をする。
 「うっとうしいな。やめろよ」
 「しょうがないじゃない、気分が上がらないんだもの」
 「だからってなあ、今日21回目だぞ」
 「数えてんの!?」
 「そう言わせたいから」
 にやにやと、してやったりと顔いっぱいに表して、奴は笑う。むかむかしてきたので窓の外に視線を移した。
 まったく、と今度は呆れたような声。
 「おまえもさあ、いいかげん男を見る目養えよ。ろくなのと付き合ってこなかったろ」
 「大きなお世話」
 反射的にそう返したけど、こればかりは、奴の言う通りではある。中学でできた初カレには浮気されたし(告白してきたのは向こうだったにもかかわらず)、その後も、マザコンだったりモラハラ男子だったり、高校2年の今まで、およそまともな彼氏ができたことがない。つい昨日も、いい感じになりそうだった男子が最初からふたまた狙いだったとわかって、付き合うのを中止したばかりだ。
 「だってどっちも好きなんだもん」とのたまう相手を平手打ちして、ちょっとはすっきりしたけど簡単に気は晴れてくれない。
 はあ、と幼なじみによれば22回目のため息をついた時、授業開始のチャイムが鳴った。

 「何が『どっちも好きなんだもん』よ。人を馬鹿にするなっての」
 「まあ、そいつのろくでもなさは腹立つとしてさ。高取くんの言うことはもっともだと思うよ」
 「ええー。初音まであいつの肩持つの」
 「別にそういうわけじゃないけど、言ってることは合ってるでしょ」
 「…………うん、まあね」
 「自覚はあるんだから、もうちょい気をつけた方がいいよ」
 早紀は面食いだしねえ、と小学校以来の親友はしみじみと実感を込めて言う。確かに、初恋の相手から今に至るまで、好きになった男子は軒並み顔は良かった。
 「まあ、だったらどうせなら、身近に目を向けたら?」
 「身近?」
 「いるじゃない、顔のいい男子が」
 「……まさか、あいつ?」
 耳を疑った。……言われてみれば、悪くはないと思うけど。そう初音に言うと驚かれる。
 「気づいてなかったの? ていうかあんたの目、どうなってんの」
 「どういう意味よ」
 「うわ、本気で知らないんだ。高取くんに告白してる女子が何人いるのか」
 すごいんだよ、と初音は説明してくれるけど、物好きだな、という感想しか思い浮かばない。
 「なるほどね、灯台下暗しってやつか。まあいいけど、ならこの機会に真面目に考えてみたら。見た目は合格だし、誰にでもけっこう優しいし」
 「優しい?」
 寄ると触ると嫌味ばかり言う、あいつが?
 「それは早紀が相手だからでしょ。……いやほんと、有名なんだからね。高取くんには告白しても無駄だから、っていう話」
 「なんでよ」
 「断られるからに決まってるじゃない。彼には一途に想う相手がいるって、もっぱらの噂だよ」
 そこで初音は、じーっとこちらを見る。何が言いたいのかは鈍くともわかった。
 「まっさか。そんなわけないじゃない」
 あるはずない。私が奴を男と思っていないのと同じように、奴だって私を女だとは思っていないはずだ。
 やれやれ、と初音は両手を広げて、空を仰ぐ仕草をした。
 「そんなこと言ってると、忘れた頃に、なんか起きるよ」

 その日の帰り道。
 「なんで、ついてくるのよ」
 「俺んちもこっちだもん」
 「そんなことわかってるわよ、近所なんだから。部活はどうしたのよ」
 「顧問が出張で休み」
 「……あっそ」
 ああ言えばこう言う。子供の時から変わらない憎らしさに、ため息をつくのを努力してこらえた。また数えられてはたまらない。
 「ハンカチ出てんぞ」
 「え、あ。やば」
 制服のスカートのポケットから落ちそうになっていたハンカチを突っ込むと、ポケットの奥にある何かに手が当たった。
 取り出して、思わず顔をしかめる。「何それ」と奴が言ったけど、答える気にならなかった。
 ……昨日別れた(という言い方は正確ではないかもだけど)男子が、いつだったかくれたキーホルダー。袋に入れずそのままで渡されて、嬉しいけどどうしようかなと思って、とりあえず落とさないようにポケットに入れたんだった。
 どうしよう、これ。立ち止まり、弱り切った気分でキーホルダーを見ていると、横からの視線に気づいた。
 奴が物欲しげな顔で、こちらを見ている。もしかして、こんな使い道のなさそうな物が欲しいのだろうか。
 「要るの、これ。欲しいならあげるけど」
 やつは答えない。ただキーホルダーと、私を、しつこいぐらいに見つめている。
 とりあえず渡しておくか、と奴に左手を差し出したら、いきなり引っ張られた。
 「─────」
 「─────」
 ──ぱん、と大きな破裂音がして、我に返った。道行く人たちがざわざわと騒ぎ始める。
 どうやら近くの車のタイヤがパンクしたらしい。そうだとわかったのも周りの人が話していたからで、自分で確認する余裕はなかった。
 ……今、何が起きた? 差し出した手をいきなり引っ張られて、奴の顔が近づいてきて。
 「…………嘘でしょ」
 「何が嘘だよ」
 「だって、今」
 キスされた。ファーストキスではなかったけど、それ以上に衝撃的な。こんな道端で、人の目がある場所で。まさか。
 まじまじと奴の顔を見ると、ふい、と目をそらされた。心持ち、顔が赤いような気がする。
 「……おまえがなんにも、わかってないからだよ」
 そう一言を残して、奴は去っていった。ものすごい速足で、一度も振り返らずに。
 残された私はと言えば、ただただ、ひたすら、呆然としていた。
 「嘘でしょ?」
 もう一度つぶやいて、そこでようやく、頭に血がのぼってきた。まさかまさかまさか。
 初音が言ったことが、正しかったってこと?
 『そんなこと言ってると、忘れた頃に、なんか起きるよ』
 今日の一言が、こんな形でこんなに早く現実化するとは、たぶん初音も思っていなかっただろう。
 ……明日からいったい、どうしよう。かつてない混乱に放り込まれる予感がして、仕方なかった。


注釈:Twitter上の企画「2代目フリーワンライ企画」第124回への参加作品です。
毎週土曜日の夜10時に、運営アカウントから5つほど出されるお題の中から1つ以上選んで、10時半~11時半の1時間で書き上げるという企画。今回が8回目の参加。前々回、前回に引き続き、お題全部を使いました。
現代日本、高校生主人公の恋愛ものです。……そしてまたまた使ってしまった、幼なじみ設定。なんでこんなにしょっちゅう使っちゃうんでしょうねえ、まあ要するに好きなんでしょうねえ(笑)

Twitter300字SS/お題「泳ぐ」

タイトル「人波の向こうに」

3月1日。卒業式の構内は普段より人が多く賑やかで、華やいでいる。
講堂での式も学科ごとの卒業証書授与も終わり、そこかしこに記念写真を撮り合う学生や保護者。中に、ひときわ学生が集まる一角があった。大学一の人気者に今日が最後だからと話しかける、辺りをはばからず想いを伝えようとする女子学生たち。だが彼の視線が向くのはただ一人。泳ぐように人波をかき分け、最愛の彼女のもとへたどり着く。
 「卒業おめでとう」
 「おめでとう」
袴姿の可憐な彼女に応じ、視線もかまわず、額にキスした。きゃあああ、と歓声と悲鳴の混じった周囲の叫びに、彼女は顔を赤くして身を縮める。可愛らしく照れる様子に、彼は愛おしさがまた深まるのを感じた。


注釈:Twitter上の小説企画「Twitter300字SS」参加作品です。
既刊『anniversaire』シリーズからの派生作品、後日談となる小話。季節的には外れていますが(笑)、大学の卒業式当日の一幕です。特に意図したわけではないのですが、微妙に彼目線でも彼女目線でもない、純粋な三人称に近い感じになりました。

(『anniversaire』シリーズは、novelist.jp、小説家になろう、エブリスタ、pixiv、カクヨムにて掲載しております。pixivでは「matsuya0510」、それ以外では「まつやちかこ」にてユーザー検索の上、作品一覧からご覧ください)
(※各所、R-18またはR-15扱いとしておりますので、ご確認・ご了承の上でご覧ください)

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